手作りバレンタインを克服した《前篇》

昔話をしていいですか。


高校2年の2月、バレンタイン目前の2年14組の空気はどこか浮ついていました。
私ははじめてバレンタインチョコを渡した時からそれまで手作りを欠かした事が無かったので、
当時好きだった1組のタカハシ君にも当然手作りのものを渡すつもりでした。
どちらかというと、人よりはお菓子を作ることには自信があったのです。

それまでのバレンタインは、チョコを溶かして型に入れたものやクッキーでした。
ただその時はHAWAIIAN6のCDを借りていた事もあり、お礼と淡い恋心を込めて、
ドライフ―ドのたくさん詰まったパウンドケーキを作ることにしたのです。

いつも通り台所に立ち、いつも通り卵とバターを常温にもどして、いつも通り、
いつも通りだったのです。小麦粉が30g足りないという事を除けば。
そして私が前衛的思考をもってそれをベーキングパウダーで補った事を除けば。

私はオーブンを開け、HAWAIIAN6のMAGICを口ずさみながら、
焼き具合を確かめる為にパウンドケーキに竹串を刺そうとしました。

竹串が折れました。

あれ?と思いもう一度パウンドケーキに竹串を刺し・・・折れました。

時間を置いてパウンドケーキに包丁を突き立て力を込めた途端、包丁が悲鳴を上げました。
これ、一軒家の周りを囲んでいるブロック塀のカケラじゃないのか?
動悸が激しくなりました。
私は何かに憑かれたように、シンクにブロックを思い切り叩きつけました。

必死に打開策を考えました。
これだけお金を使っておいて、捨てて作り直すのはもったいない。
かといってブロック塀のカケラを超本命のタカハシ君にあげるわけにはいかない。
でも、ぜひこの愛情のいっぱい詰まったブロック塀のカケラを食べてほしい。
愕然とした視線の先に、食器用スポンジがありました。これだ。

底が深めの丸い大皿に水を3cmほど注ぎました。
その真ん中にそっと、愛のカケラを置きました。
スポンジのように水を吸収すれば柔らかくなるはず、そう考えたのです。
健気に水に浸かり続けるのを見て、厳島神社の鳥居が頭をかすめました。

翌日、バレンタインデー当日の昼休み、
私は1階エレベーターホールの前にタカハシ君を呼び出して
借りていたCDと、今朝まで水につかっていたケーキっぽいものを渡しました。
「ありがとう」と、くしゃっとした照れた笑顔を見た時、
なんだか一気に恥ずかしくなってダッシュで逃げました。

その日の晩、受け取ってくれた時の笑顔が頭を離れずご飯がのどを通りませんでした。
すごく優しい人なのです。男の友達を大事にするし、女の子にも分け隔てなく優しい、
例えるなら君に届けの風早くんみたいな人なのです。
ちょっとした失敗はしたものの、それでも自分のお菓子作りの腕には自信があったので、
たぶん美味しいだろう。優しい彼ならきっと、美味しかったよありがとうって言ってくれる、
確信があったのです。

すると、メールが届きました。


「ごめんお世辞にも美味しいとは言えない」



私はそれ以来一貫してバレンタインは買いチョコ派に移行し、
HAWAIIAN6のMAGICに至っては相当なトラウマソングになってます。

ですが、このままだと君には一生届かない、伝わらないと思ったのです。
8年前、幕張の寒空に儚く散った淡い気持ちに区切りをつけるため
私は手作りバレンタインを再開する事を決めました。
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